佐賀地方裁判所 昭和41年(む)337号 決定 1966年11月19日
被疑者 北崎稔
決 定 <申立人氏名略>
右申立人に対する地方公務員法違反被疑事件につき、佐賀地方裁判所裁判官が昭和四一年一〇月二〇日付で発付した捜索差押許可状による捜索差押許可の裁判(同裁判所昭和四一年(む)第一〇六三号)に対し、右申立人および弁護人らから準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件申立を棄却する。
理由
本件準抗告申立の趣旨および理由は、末尾添付の準抗告申立書写記載のとおりであるから、これを引用する。
よつて、検討するに、取寄せにかかる資料によると、佐賀地方裁判所裁判官池田久次は、佐賀県警察本部司法警察員西村勝の請求により、昭和四一年一〇月二〇日付をもつて、申立人に対する地方公務員法違反被疑事件について、捜索すべき場所を「佐賀市松原町五八の三佐賀県教育会館内佐教組佐賀市支部事務局が使用している場所及び差押え物件が隠匿保管されていると思料される場所」と記載し、有効期間を同月二七日までとした捜索差押許可状(以下本件令状という。)を発付し、佐賀警察署司法警察員久富功一郎が、右令状に基づき、その有効期間内である同月二二日、「佐賀市松原町五八の三佐賀県教育会館内佐教組佐賀市支部事務局内」を捜索し、同所において「年次有給休暇届、一〇・二一ストのビラ、市教組分会一覧表、休暇届封筒」を差押えたことが明らかである。
申立人らは、本件令状の捜索すべき場所として記載されている「差押え物件が隠匿保管されていると思料される場所」という表示が抽象的であり特定されていないから、本件令状による捜索差押許可の裁判は違憲、違法であり取消されるべきものである、と主張するのでこの点について判断する。
捜索または差押の令状に捜索または差押すべき場所を明示すべきことは、憲法第三五条によつて要求されるところであるが、それが要求されるゆえんは、人の場所に対する管理(住居)権を保障することにある。すなわち、令状上、捜索または差押すべき場所を明確に特定しておくことにより、捜査機関の捜索、差押の権限の行使を場所的に制限し、いやしくも強制力による捜査が濫用にわたることなきを期しているのである。そして、その令状の執行の公正を担保するため、刑事訴訟法第二二二条、第一一〇条、第一一四条は、令状を被処分者に示し、かつ、住居主等を立会わせるべきことを要求しているから、右被処分者ないし住居主等は、令状に記載された捜索差押の場所を知ることにより、捜査機関がその許可された場所以外において不法な執行をすることがないよう監視することができるのである。したがつて、令状の場所の表示は、令状請求者または発付者において明らかであるというのみならず、通常人が見ても、それが具体的にどの場所を指しているのか、容易に理解できる程度に特定されていなければならないというべきである。しかして、その特定は、ただ場所的範囲を明確にするというだけでなく、その範囲は、犯罪捜査に必要最少限度に限定すべきであることは当然であり、また、憲法第三五条第二項の趣旨からは、少なくとも管理(住居)権者を単位として特定しなければならないものである。
そこで、右のような見地から、本件令状に記載されている捜索および差押すべき場所の特定性について検討する。まず「佐教組佐賀市支部事務局が使用している場所」なる表示は、客観的に確定され、かつ、管理権を異にする場所と区別された場所を指しているから、その特定において欠けるところはない。ところが、「及び」としてその次に記載されている「差押え物件が隠匿保管されていると思料される場所」とは、具体的にどういう場所を指すのであろうか。かりに、およそ一通の令状に記載されている捜索、差押すべき場所に管理権を異にする場所を含む筈がないという前提に立つならば、あるいは、「佐教組佐賀市支部事務局が使用している場所」とあるのを同事務局が専用的に使用している部室と解し、「差押え物件が隠匿保管されていると思料される場所」というのを右事務局の附属的場所ないし事務局が他の管理権者と共用的に使用している場所と解しうる余地が全くないわけではないい。しかし、令状上の記載はその文言自体から客観的に解釈すべきものであつて、右に述べたような前提に立つて解釈することは到底許されないところである。
そこで、この令状の記載自体から見ると、「差押え物件が隠匿保管されていると思料される場所」が佐賀県教育会館内の場所であることは明らかであるとしても、同会館内のどの場所を指しているのか全く明らかでない。しかも、取寄せにかかる資料によると、同会館内には佐教組本部、佐教組佐賀郡支部、佐賀県高等学校教職組、佐賀県教育公務員弘済会等管理権を異にする団体の事務所があるが、これらの場所も、捜査機関の判断により、「差押え物件が隠匿保管されていると思料される場所」として捜索および差押すべき場所となりうるのである。かくては、憲法の禁止する一般的探険的捜索差押を許す結果とならざるをえない。それを防止するためにこそ場所の特定が要求されているのであるから、「差押え物件が隠匿保管されていると思料される場所」があるというのならば、その場所が具体的にどこであるかを明示しなければならないのである。したがつて、右のような場所の記載はその特定を欠く違憲、違法なものといわなければならない。
結局、本件令状の捜索差押すべき場所の表示としては、「佐教組佐賀市支部事務局が使用している場所」の記載部分が、特定の要件を充たし、「差押え物件が隠匿保管されていると思料される場所」の記載部分が、その要件を欠いているわけであるが、かかる場合の令状の効力をどうみるかが問題である。捜索、差押すべき場所の記載の重要性にかんがみ、いやしくも一部分にしろ特定を欠く場所の記載がある以上、その令状全部が無効であるとの厳格な解釈もありえようが、特定を欠く場所の記載部分があることにより場所に関する記載全部が特定を欠いているとしか解釈できない場合は格別、本件令状のごとく、特定を欠く場所の記載が附加されていても、「佐教組佐賀市支部事務局が使用している場所」という記載部分の特定性に何ら影響がないと認められる場合には、少くとも右特定されて記載された部分はなお有効であると解すべきである。したがつて、本件令状は全部が無効ではなく、「差押え物件が隠匿保管されていると思料される場所」なる記載部分のみが無効なのである。もつとも、右無効な記載部分は無意味な記載であるというにとどまらず、有害な記載である。けだし、無効部分であつても令状に記載がある以上、捜査機関がこれをよりどころとして不法な強制力の行使をするおそれがないとはいえないからである。したがつて、そのようなおそれがあるかぎり、それを排除する方法として本件令状による裁判の取消を求めることができると解すべきである。
そこで、本件令状による裁判を取消すべきかどうかを、その実益の点から考えるに、同一令状による執行は一回にかぎつて許されるところ、本件令状はすでに執行されており、その有効期間もすでに経過しているので、今後右無効な記載部分について不法な執行がなされるおそれはないものである。されば、本件令状による捜索差押許可の裁判は、捜索差押すべき場所の表示の一部に無効な部分を含んでいるが、すでに取消すべき実益がなくなつているといわなければならない。
よつて、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項に従い、主文のとおり決定する。
(裁判官 内田八朔 田中昌弘 野間洋之助)
準抗告の申立書<省略>